国語座談会 第1回 上
キャリアウーマンと専業主夫が出された今年の開成
G:それでは座談会を始めます。今回はH先生チョイスの2018年の開成ですね。まず、どんな話か簡単に紹介してください。
H先生:主人公は幼稚園児の子供を持つ母で、夫に家事と育児をすべて任せてバリバリ仕事をしています。専業主夫の夫は絵描きなんですが、インスタグラムで注目されて地方で個展を開くことになって数日間留守にするので、主人公が子供の弁当を作ることになります。しかしどれだけ練習しても、子供の好物の卵焼きがうまく焼けない。また、自分は一家の大黒柱と自負していたのに実は夫がデイトレードでそれなりに収入を得ていたことを知り、自分が家庭にいる意味について悩むという話です。
G:H先生がこれを取り上げた問題意識というのは?
H先生:このタイプのお母さんは出てきていなかったんですよね。もちろん、これまでもダメなお母さんは出てきていたんですよ。勉強面ばかり見ていて、子供の内面に目を向けないとか。たとえば、2015年の芝。「あんたなんて産まなきゃよかった」と娘に言った母が出てきましたね。
O先生:キャリアウーマンというような、お母さんがバリバリ働いて、お父さんは家でというのは中学入試では出ていなかった。家族愛は多かったが、だいたいお母さんは家にいる専業主婦というのが定番でしたね。
M先生:筑駒で出された詩とかもそうですよね。お父さんがうとうと昼寝をしているお母さんをうちわをあおぐ場面があります。いつも家事で大変なお母さんに、休みくらいはゆっくりしてほしいと思うような優しい気持ちに気づかせる問題でした。
H先生:やっぱり筑駒の詩で、2010年の「母はサボテンが好きだ」の方が、より強く出ています。サボテン「は」手がかからないから好きだ、とお母さんが言うのですが、それは子供や夫に手がかかるという暗示になっていましたよね。つまり、家事育児はお母さんが一手に引き受けていると。
Y先生:今年の開成にしても、それぞれの要素ならこれまでも他校を含めてあったとは思いますよ。お母さんが働く方向にかじをきるとか、母親として務めを果たせなくて悩むとか。ただ、それらを組み合わせているというのはなかったように思うので、新鮮でした。
大人が主人公の物語、社会の闇の部分の話が増えている
G:ほかにも、家族のあり方が変わってきたというものは出題されているんでしょうか。
H先生:今年だったら、芝の二次。浅田次郎の『角筈にて』。ドラマにもなった話ですが、お父さんが育児できずに子供を捨てて家を出ていく。お父さんは亡くなるのですが、お父さんの亡霊と出会って理解しあうという話です。
M先生:今年の駒場東邦も父と和解するのかどうかというような話でしたね。
H先生:駒東はお父さんが借金をして、その借金取りを殺したいとか。お父さんは失踪しましたね。
M先生:でも結局、お父さんは一年たって戻ってくると。それを受け容れる母に対しても許せない気持ちを持つ主人公の気持ちを理解するのはなかなか難しそうだなと思いました。
G:そういうのはこれまであまり出なかったのでしょうか。
O先生:離婚とか、母子家庭というのは変な言い方ですが中学受験では定番になりました。でも、借金とか社会の闇の部分まで突っ込んでいるものは、なかなかなかったかな。そもそも大人が主人公の文章自体はそれほど多くなかった。今年の聖光学院も、描きたい絵が見つからない大人の心の葛藤について書かれたもので、完全に大人の視点が必要だな、と。
M先生:芥川龍之介の『沼地』みたいなテーマですね。
H先生:そういえば、渋幕の一次も大人でしたね。
M先生:まさに芥川の作品。死後、妻が再婚していることを知り、その再婚相手が立派な人でないというので死んでも死にきれないとか、そういうのは利己主義的だと自戒したり。あれも難しい話でした。
Y先生:大人が主人公の文章自体、増えてきている印象がありますね。
テーマ、背景がより複雑に
H先生:これまでは小6の子供には触れるかどうか迷うようなテーマも出されるようになっていると感じます。たとえば、2017年の栄光学園と鷗友で出た『テオの「ありがとう」ノート』。障がいを持った子が主人公でした。
G:主人公という点がこれまでと異なるのでしょうか。
H先生:そうですね。たとえば、『くちびるに歌を』がすごく出た年がありますが、自閉症のお兄ちゃんがいるから主人公は我慢しなければならない、というのが芝で出ていました。登場人物にはいるものの、どう接していくのかというのがテーマになっていましたね。
M先生:古いですが、「あーちゃん」とかそうですね。辻仁成の『そこに僕はいた』。
H先生:2017年の桐朋の『白をつなぐ』には、盲目のお母さんが出てきましたね。主人公はその息子なんですが、息子が悪いことをするのは私の目が見えないせいでしょうか、とお母さんが泣く場面があります。母親は自分のハンディをバリケードにして俺を責めているんだと感じた息子がますます荒れる…、これも小学生にはちょっと難しいテーマだったと思います。まはら三桃の作品ですね。
G:他にはどのようなテーマが出されているのでしょうか。
O先生:たとえば先ほど出た駒場東邦の借金の話、暴力的な話というのは、子供のけんかならともかく、ここまでダイレクトに書かれているのには驚きました。いじめの話がより複雑化しているというのも感じます。単なる仲間外れだけではなく。たとえば開成の2016年。都会の華やかさに劣等感を抱く田舎の高校生が主人公で、都会からの転校生に嫉妬し、その転校生がいじめられていたという過去を知っているにも関わらず、転校生を傷つけるようなことを言い、自分の器の小ささに気づくという内容です。これは単なるいじめが悪いという物語ではなく、いろんな視点でとらえていかないと読み取れません。
G:そういう様々な立場を理解させていく必要があるということですね。
※国語座談会第1回は上中下の3回にわたります。