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国語の総合力、論説的な要素も敢えて物語文で問い続ける

国語座談会第2回 下
2018年麻布中の入試問題を取り上げました。第2回上はこちら。第2回中はこちら

「個人の成長物語」は時代に合っているのか

 ここまで麻布の2018年について話してきました。大きく3つの話が出たように思います。マイナスからプラスに変わっていく話の構造はオーソドックスだけれども、弱みを認めて、それを補いながら協同していく点。論説文で使われるようなテーマであり、物語文だけれど論説文のような要素が、文章のテーマ、設問ともにみられる点。そして、設問に流れがあり、提示された物語文をしっかり読んで理解させたいという思いを読み取れる点。こんなところでしょうか。
K先生 はい。文章の要所に設問が置かれることで、文章の理解が深まることは麻布らしさではあるのですが、その理解は単純に「良いお話」ではなく、社会的な時勢について考えさせられる内容だったと思います。
Y先生 個人というより集団として成長していくこと、しかも価値の基準が単一の集団ではなく個々の違いを認めて互いに補いあえる集団を目指すという流れは、現代ならではの成長の形だと思います。個人的には時の流れを感じる部分です。
H先生 個人が成長している物語ばっかりやっていくと、結局は競争につながっていくと思うんですよね。成長というのが人よりは上にいくということにつながる。2014年の『ミスター・クリスティ』だったら、ピカピカの最新式の自転車よりも、ださいあずき色のぼろぼろの自転車のほうが愛着があって素晴らしいんだ、と。その辺から、さっき社会の話が出たけれども、競争というよりは共存にいこうじゃないか。
Y先生 自分がゆずるところはゆずる、というね。
K先生 自分を「スーパーマン化する」むきではなくなってきている風潮は感じますよね。

論説文で求められるものも、敢えて物語文で問おう、問えるのだという試みかもしれない

 では、最後にまとめていきたいと思います。
O先生 現状の社会をふまえたこのような話は、ふつう論説文で出ると思うんですが、それを物語で敢えて出しているという見方を私はしていますね。
M先生 敢えて、というところに同意します。私もそう感じていました。国語の総合力、論説的な要素も含めて必要とされる力を、敢えて物語文で問い続けてみたい、というような矜持を感じることもありました。物語文だから、物語文だけやっておけばいいということではないよ、ということかな。自分は何となくでしか感じていなかったけれど。
K先生 そうでしょうね。一般的には論説文で求められるようなテーマも出されるわけですし、麻布だから物語文しかやらない、みたいな立場は取りたくないな、と思っています。
H先生 共存というのは、生物多様性の論説文でさんざんやるじゃないですか。トキは美しくて珍しいから保護だけれど、その保護のために他の生物とか便利な農業が犠牲になるのは違うんじゃないか、というような話。前に栄光や立教女学院で出されたような『野生動物への2つの視点』にあります。それよりは弱いものを守るとなるとどうしても主人公が上になっちゃうけれど、弱いものは弱い、自分も弱い、だから弱い者同士で何とかしていこうかという文章は今後物語でも出てくるんだろうと。自分の得意なところでできない者同士でも補いましょうというのは鷲田清一的な。
 すみません。一度区切りますね。論説文から物語文にも行くんじゃないか、ということでしょうか。
H先生 論説で生徒は読んできていると思うんですよね。設問もそう。O先生がおっしゃっていた、この文章全体をまとめるという記述の時に、活かせるかどうか。それはそれ、これはこれじゃなくて。
M先生 設問においても論説文で求められるようなものを、物語文でも問おうとしているということか。
O先生 教訓的なものを結構入れますよね。読んだ後に解いた後に回収できる教訓、生き方。
H先生 ただ物語だけでおしまいにするなよ、というね。これから学んでいくための土台として。
 先生方、本日はありがとうございました。

※国語座談会第2回はこれで終了です。

書籍紹介

『野生動物への2つの視点 ”虫の目”と”鳥の目”』

高槻成紀/南正人
 
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