座談会一覧

国語の総合力、論説的な要素も敢えて物語文で問い続ける

国語座談会第2回 中

2018年麻布中の入試問題を取り上げました。第2回上はこちら

物語文と説明文の共通テーマを見出すことができる

K先生 130行目からは面白かったな、と。本当に自分のできないものはできないとして、できるもので支えあっていくということは最近の説明文にも通じるものがあると思いました。こんな大々的に弱さをさらしだして、みんなで強みを活かしていくというのはあまりなかったな、と。
O先生 こういう寓話は2年連続ですね。
K先生 2017年の入試は『ロバのサイン会』というお話でした。野生のロバ、奈良公園のロバが対比的に描かれていて、いったんは餌の心配もしなくてよい、安全な奈良公園に住むことにするんですけれども、自己をみつめ、最後は野生に戻っていくことにするという強さを描いた作品でした。
H先生 寓話的なものを出すと、解釈に広がりが出るんですね。たとえば桜蔭で2012年に出た『べっぴんさん』。きれいだけれど飛べない千鳥が不細工な千鳥に告白されて、プライドを捨てて愛を得た時に初めて飛べるようになった。寓話的な物語って広がりがあるからこそ、深く長い記述を書かせやすいと思っているんですよね。前回の開成の話(第1回座談会)のときに、O先生から話題に出た「キリンを飼う少年」も同じですよね。そのまま読めば、都会の中でキリンを飼うという荒唐無稽な物語に見えるかもしれないけれど、読もうと思えば、不本意な現実があっても心の中は自由で、心の中が自由ならばつらい現実と折り合いをつけて生きていける、という寓意があると言える。まあ、採点も大変だと思いますが。
 採点が大変というのを、具体的に説明してもらえますか?
H先生 広がりすぎるために、こうもとれる、こうも考えられると。解答のストライクゾーンが広いんじゃないかと個人的に思っています。今年の桜蔭の『五月の庭で』なら、かえちゃんの「どこから来たの?」という問いも人間の生と死ですよね。より人間の根源的なものに触れられると思うんです。「生と死」、「個人と集団」といった。2012年の麻布の『トンネルのおじさん』は、できなかったことができるようになって成長していくというオーソドックスなものだった。でも今回は、できないものはできるようにならなくてもいい、できないことをできるようになって成長していこうぜというよりは、ないものはないで助け合っていったほうが幸せなんじゃないか、と。わりと、内田樹の論説文はそういう論調ですよね。
M先生 内田樹は中学受験でもよく出ますよね。
G  どんな学校で出されているのですか?
O先生 開成。過去のことを考えていろいろすることと、未来のことを考えていろいろすることは同じだと。彼の文章は同じ話が繰り返されていますから。あなただったらと、筆者と違う意見も書かせる問題もありましたね。
H先生 浅野。日本の家は癒着しすぎ、マンションも気密性があって人が入ってこない。
Y先生 ああ。中は中で固まっていてどろどろしてしまっている、というものですね。
H先生 だから風通しを良くするというのは物理的なことじゃなくて、人がもっと入ってくるようになって関わってくるほうが良いという話でした。
 そういう点では、麻布の物語と浅野の説明文に共通性を見出すことができるということですね。
H先生 内田樹のテーマはいかにサバイバルして生きていくか、自分が自分がではなく、セーフティネットを貼りながら、いかに自分の所属する共同体が最悪の状態にならないようにするか、ということなので。そういうことを授業でやったのを覚えてくれていたら、つながりを感じられるかもしれないとは思いました。

2018年中学受験頻出の 『〈弱いロボット〉の思考』

H先生 『〈弱いロボット〉の思考』もテーマは同じじゃないですか。弱いところを補いながら、弱いところを認め合いつつ調整していこうという説明文です。今年の女子学院をはじめとして…。
K先生 海城でも出ました。
M先生    関西の学校でも見ました。甲陽学院とか。確か福岡の西南学院にもあった気がします。
 ロボットに足らないところがあるのをどう補うという話なのですか?
O先生 人間はすべて何でもできるロボットを求めがちだけど、ロボットだけが何でもやるんじゃなくて。できないものを用意することで、人間が逆に助けてあげようとか、共存していくような。
 お掃除ロボットとか、そういうところがありそうですね。
H先生 たとえばルンバは段差を上がれないから、段差がないように部屋を片付けてあげよう、壁にぶつかって右往左往しているのを見て手助けをしようとか。弱みをお互い認め合って、自分の得意なところで手を貸してやろう、これ以上、人間であれロボットであれ高みを目指さなくてもいいんじゃないか、と。そんな話でした。
Y先生 ロボットが人間にとってかわるのではないか、人間の仕事を奪うのではないかという恐怖を感じている向きもありますよね。そうではなく、ロボットの強いところを認めて弱いところを人間が補って共存していこうという話ですね。

設問の流れを読む 解いていく中で「武器」を増やす 

O先生 麻布に関しては違う視点もあって。設問に特徴があるな、と。素材の選び方も独特な良さがあるんですけど、設問の作りにしてもつながりが意識されていて、麻布の場合「どこからどこまでを読んで」ということを明確にして答えさせる問題があるんですね。そこから読み取れることで解いて、選択式で解いたものが次の記述のヒントになったりするという橋渡し役になっているという。
H先生 わりと長い記述がある学校で、そういう傾向があるような。
Y先生 記述の設問が多くても、傍線の近くから答えになりそうな部分を探してさっとまとめれば概ね事足りる学校もありますが、それとの違いを感じます。
O先生 麻布は一本の線につながっていて。
Y先生 大筋に関わるところをしっかり設問化しているので、つながりが生まれている。
K先生 解いていく中で武器が増えていくイメージがありますよね。そういう解き方を指導しています。
 駒東は?
K先生 麻布ほどのつながりではないですね。麻布は一個一個がつながっていて、最後の問題で大筋まとめるという感じです。有機的につながっているんですね。駒東はそこまで強くは結びついているわけではない。選択肢が記述や読みのヒントになることはありますけど、全部つながっていて、解き終わったらこうだったんだなと全体像がくっきりわかる麻布ほどではない。まだ駒東の方が機械的、作業的な形に持ち込んで解くことができるかな、と。
 算数との共通点もあるかもしれません。(1)を解くことで(2)の方針が見えてきて、さらに(1)や(2)の結果を使って、難易度の高い(3)を解くことができる問題があります。全部解くと、この問題でこういう法則性があるのか規則性があるのか、ということに気づかせる問題がありますよね。麻布はもちろん、上位校ではよくみられるんですよね。
H先生 きっちり本を読んでほしいという、学校からのメッセージであるような気もします。今回の『緑の子どもたち』は、ほぼ全編載っているはずなんです。まだ書籍化されていません。「飛ぶ教室」という季刊誌で、学校の国語の教科書を作っている光村図書が出しているんですけど、そこから出されています。一言一句確認したわけではないですが、最初と最後は同じです。2014年の『ミスター・クリスティ』もほぼ全編の収録だったかと。きちっと物語として完結できるものを読ませて、理想論かもしれないけれど、しっかりこの物語について考えてほしいという思いがあるのかな、と思います。コマ切れな感じがしないんですよね。

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